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4期カレッジ隊活動レポート

2010年2月22日(月)

スケジュール

7:00 朝食
7:45 ホテル出発
7:50 JHPプノンペン事務所到着
8:00 JHPローカルスタッフの自己紹介
8:10 CCHについて、駐在員の中山さんより説明
8:50 教育支援について平林さんより説明
9:50 学校建設事業について七條さんより説明
11:45 昼食
12:30 トゥール・スレン虐殺博物館見学
14:45 キリング・フィールド見学
15:00 小椋トロケアット小学校見学
16:00 ダンカオ小学校見学
17:30 ホテル到着
18:30 ミーティング
19:30 夕食
20:40 レクリエーション練習・打ち合わせ

【写真】
(上) 情操教育支援についての講義
(中) キリング・フィールドの慰霊塔
(下) ダンカオ小学校での交流の様子





本日の報告者より

 午前中はJHPの現地での活動について詳しく説明をしていただき、今後の活動への意欲がとても高まった。午後はまずトゥール・スレンを訪れた。残酷な拷問を受けて死んでいった人々の写真が部屋中に貼られ、さらに収容の監禁室には拷問を受けている写真とベッドが置かれていて、胸の詰まる思いがした。大量処刑場のキリング・フィールドでも同様の思いにかられた。骸骨で作られた塔がまるでモニュメントのようにそびえ立っていて、欧米系の観光客の来場が絶えなかった。観光地としてではなく、どうしてそうなってしまったのか、残酷すぎる歴史的過去であったとしても、自国の子どもたちや若い世代、外国人にぜひ、過去の厳しすぎる悲惨な経験を息長く伝えていってほしいと願う。(中村史穂)

各車両係より一言

 1号車:東南アジアなどに共通しているイメージかと思うが、交通ルールはあったものではありません。大通りから一本入ると信号はなくセンターラインもなく、左右に駐車しているバイクや車が多く、それらととおりを横切る歩行者を縫うように走るという具合です。一方大通りは信号こそ、待ち時間までカウントされるほどのものですが、バイクの交通量が多く、三人乗り・割り込みも当たり前で、助手席に座っていると何度もバイクを巻き込みそうになりひやひやしました。また、バイクのヘルメット着用が義務付けられているため、フルフェイスのものを着用している人々が多いが、足元は十中八九ビーチサンダルで、中には素足の人もいました。そこから日本人の私は、カンボジアの方の価値観の違いに興味深く、これから始まる活動の中で少しでも多くカンボジアの考え方などを理解していきたいと思いました。運転手のシタさんはとても紳士的に私たちに接してくれてうれしかったです。(兒島和範)

 2号車: プノンペンの市街は、オートバイがとても多く、4代が並走し、1車線を使っている。信号機の間隔は、とても長く1Km近く信号機が無い状態で、道路を歩行者が横断することはとても困難な状況である。オートバイは、最近ヘルメットの装着を義務付ける法律が施行された様ですが、ノーヘル、ビーチサンダルでしかも4人乗りの人もいる、日本人からみるととても危険な感じです。車両の走行に関しては、割り込ませないために、車間距離はとても狭く、本当に危険を感じました。自分では運転する気持ちになれませんでした。町並みは、30年前のフィリピンの町並みを思わせる感じで、部分的に近代的になっているという感じです。そうこうしている車両は意外に、ドイツ車、日本車の購入者もみられ貧富の差が感じられます。農村風景は見渡す限り平野で、広々として緑も多く気持ちよい風景でした。農村の風景は、乾期の為か、農地で働いている人の姿はあまり見られませんでした。たまに牧畜風景もありましたが、牛がとても痩せているのが印象的でした。(深瀬和彦)

レポート係より一言

 今日の午前中はJHPプノンペン事務所で現地駐在員の中山さん、平林さん、七條さんにJHPがカンボジアで行っている、孤児院(CCH)支援、音楽・美術教育、学校建設の活動についての詳しい講義を受けました。講義や活発な質問のやり取りの中で、私自身の中でカンボジア人にどういった支援を行うことが彼らにとって良いのかという疑問が生まれてきました。もしかしたら、私たちはただ日本人の感覚や常識を彼らに押し付けているだけなのではないだろうか。現地で実際に話を聞く中で、異なる文化、精神性、考え方を持つ人々が住む異国の地での教育支援の難しさを実感しました。しかし、午後にはJHP支援によって建設された小椋トロケアット小学校とダンカオ小学校を訪問しました。現地駐在員の七條さんから学校建設の経緯や現在の校舎の利用状況についての説明を受け、カンボジアに学校が建てられてから実際に使用されているまでの様子を垣間見ることができました。小椋トロケアット小学校がある地域には貧困層の家庭が多いという七條さんの話を聞いた後でも、私は子供たちの屈託のない笑顔を見ていると、この国にはまだまだ希望が残っていると強く感じずにはいられませんでした。複雑な過去を持つ、このカンボジアの未来を生きる子どもたちに対して、今を生きる私たちには一体彼らに何ができるのか、3週間でこの問いを考え続けることになりそうです。(牧野雅彦)